勤怠管理や受発注のツールを入れたいけれど、選び方も進め方もわからない。社内に詳しい人もいない。そんな中小企業に向けた、厚生労働省の事業があります。「デジタル人材育成のための『実践の場』開拓モデル事業」です。
私は中小企業診断士として、また公的支援機関の相談員として、日々中小企業のシステム導入やDXのご相談に関わっています。その前は、ITベンダー側で20年以上、基幹業務システムの開発・導入に携わってきました。当社は、この事業のアドバイザーとしても登録しています。
この事業の今年度の募集期間は、2026年11月30日(月)まで延長されました。この記事では、募集要項をもとに、仕組み・費用・申込の流れをわかりやすくまとめます。
ひと言でいうと「ツール導入を進める社員を育てる」事業
この事業は、ツールの購入費を出す補助金ではありません。ツールの導入というプロジェクトを、社員が自分で進められるように育てる事業です。
DXに詳しいアドバイザーが会社に伴走し、社員の取り組みに助言やレビューをします。そのアドバイザーの人件費を、上限の範囲内で国が全額支援します。一方で、ツールの利用料やシステムの費用は、会社の負担です。
「座学だけでは、DXを進める人材は育たない。実際のプロジェクトを経験することが必要」。これが事業の考え方です。だから、アドバイザーが作業を代わりにやるのではなく、社員が主役になって進めることが前提になっています。
2つの類型と、支援の上限
参加企業は、2つの類型に分かれます。
| DXツール導入型 | プロジェクト実践型 | |
|---|---|---|
| 対象 | ツールの導入・見直しにあたって人材育成が必要な業務部門を持つ中小企業 | 情報システム部門(専任者あり)を持つ中堅企業など |
| 支援期間の目安 | 3か月程度 | 6〜12か月程度 |
| アドバイザーの支援時間 | 1社あたり144時間まで | 1社あたり288時間まで |
| 人件費支援の上限単価 | 1時間あたり5,500円(税込) | 1時間あたり27,500円(税込) |
| 支援の割合 | 上限の範囲内で10/10 | 上限の範囲内で10/10 |
| 募集予定数 | 20社 | 10社 |
DXツール導入型の場合、支援される人件費は計算上、最大で79万2,000円(税込)になります(144時間×5,500円)。
なお、10月1日以降はDXツール導入型を中心に募集しています。プロジェクト実践型を希望する場合は、申し込む前に事務局への相談が必要です。この記事では、主にDXツール導入型について説明します。
DXツール導入型で対象になる取り組み
ここでいう「DXツール」とは、市販のソフトウェアのことです。クラウドサービス(SaaS)やパッケージソフトなどが当てはまります。募集要項には、次のような例が挙がっています。
- 勤怠・労務管理……紙やExcel、タイムカードで行っている勤怠管理や休暇・残業の申請を見直す
- 顧客管理・営業案件管理……担当者ごとに分散している顧客情報や商談の履歴を一元管理する
- 受発注・在庫・請求管理……紙・Excel・メールで管理している受注から請求までを見直す
- 現場日報・点検記録……紙やExcelの日報や点検記録を、スマートフォン入力などでデジタル化する
AI-OCR(紙の文字を読み取るAI)やAIチャットボット、AI議事録ツールのような既製品の導入も、DXツール導入型として扱われます。一方で、今使っているツールの更新や、PoC(試験導入)は対象外です。
アドバイザーがすること、会社がすること
DXツール導入型は、3か月程度で次の3つの段階を一巡します。
- 現状把握・課題抽出……対象業務の課題を洗い出し、今の業務の流れを整理する
- 課題解決策の策定……ツールの候補を比べ、導入後の業務の流れと、体制・スケジュール・予算をまとめて、ツールを決める
- 実行・効果確認……ツールを導入し、目標に対して効果が出たかを確かめる
それぞれの段階で、作業をするのは会社の担当者です。課題一覧表や業務フロー、実行計画書といった成果物も、担当者が作ります。アドバイザーは、進め方の助言や観点の提示、成果物のレビューを行います。
募集要項でも、アドバイザーは作業を代行しないと明記されています。ベンダーの選定や契約の判断も、最終的には会社が行います。「全部お任せ」はできない代わりに、支援が終わったあとも、同じような取り組みを社内で続けられる力が残ります。
費用の考え方:支援されるもの、されないもの
支援されるのは、アドバイザーの人件費だけです。次のような費用は対象外で、会社の負担になります。
- ソフトウェアのライセンス料、クラウドの利用料、機器の購入費
- システムの開発費、設定作業費、データ移行費(アドバイザーの人件費以外)
- 自社の社員の人件費、会議費、旅費交通費
あわせて、次の点にも注意が必要です。
- 上限を超えた分は会社の負担……アドバイザーとの契約単価が上限単価を上回る場合、その差額は会社が負担します
- 支払いは完了の確認後……途中で取り組みを中止した場合、アドバイザーの費用は原則として支援されません。支援期間内にやり切る計画と、それを実行する力が必要です
- ほかの制度と併用するときは申告が必要……同じ内容への重複した支援は認められない場合があります。個別の判断になります
IT導入補助金との違い
ツール導入の支援というと、IT導入補助金(2026年は「デジタル化・AI導入補助金」)を思い浮かべる方も多いと思います。2つは、支援するものがまったく違います。
| 実践の場 開拓モデル事業 | IT導入補助金 | |
|---|---|---|
| 支援するもの | アドバイザーの人件費 | 登録されたITツールの導入費用の一部 |
| 目的 | ツール導入を進める社員を育てる | ツールの導入を後押しする |
| ツールの費用 | 対象外(会社の負担) | 補助の対象 |
「ツール代は補助金で、伴走はこの事業で」と考えたくなりますが、私は組み合わせは現実的には難しいと考えています。理由はスケジュールです。IT導入補助金は、交付決定の前に契約・発注すると対象外になります。一方、この事業のDXツール導入型は3か月程度で、その中でツールを決めて導入まで進めます。2つの日程をかみ合わせるのは簡単ではありません。
制度上の併用の可否も、事務局による個別の判断になります。どちらを使うかは、急ぎたいのか、ツール代を抑えたいのか、社員を育てたいのかで考えるのがよいでしょう。IT導入補助金についてはIT導入補助金の記事で詳しく紹介しています。
応募できる会社の主な条件
主な条件は次のとおりです。すべての条件は募集要項で確認してください。
- IT以外の産業分野で、国内で営業している中小企業であること(大企業の子会社などの「みなし大企業」は除く)
- DXの実践を通じて、社内の人材を育てる意思があること
- 育成する社員、その上長や部門の責任者など、取り組む体制をつくれること
- 月1回以上の進捗確認や、成果の確認・効果の検証に協力できること
申し込む時点で、何に取り組むかが決まっている必要はありません。困りごとをDXで改善する意思があれば応募できるとされています。
申込から支援開始までの流れ
- 募集サイトから申込様式をダウンロードし、必要な書類をメールで事務局に提出する
- 事務局とオンラインで面談する(条件を満たしているかの確認と、DXの目的や課題の整理)
- 事務局から紹介されるアドバイザー候補と面談し、支援を頼むアドバイザーを選ぶ
- アドバイザーの所属先と業務委託契約を結ぶ
- 人材育成の目標と実施計画を決め、取り組みを始める
審査は点数をつけるものではなく、主に条件を満たしているかの確認です。結果は面談からおよそ5営業日以内に連絡されます。ただし、募集予定数に達した時点で締め切られるため、検討している場合は早めの準備をおすすめします。
元ベンダーとして思う、この事業の使いどころ
ツールの導入でつまずくのは、たいてい「選ぶ前」と「入れたあと」です。何を解決したいのかが整理されないまま選んでしまう。入れたものの、現場で使われない。どちらも、ツールそのものより、進め方の問題です。
この事業は、ツールの費用は出ない代わりに、その「選ぶ前」から「入れたあと」までの伴走の費用を支援してくれます。社員が主役で進める仕組みなので、支援が終わったあとに、自社で次のツールを選べる人が残るのも大きな利点です。
ただし、3か月程度で「現状把握から効果確認まで」を一巡するのは、決して長い期間ではありません。しかも費用の支援は、やり切ったことが確認されてからです。この事業を使いこなすいちばんのポイントは、最初に無理のない範囲を決め、月ごとの進み具合を確かめながら最後まで走り切ることだと考えています。
もう1つ、DXツール導入型には、ツールのメーカーや販売代理店はアドバイザーになれないという決まりがあります。売り込みのための支援にならないようにするためです。当社も特定のツールを販売していないため、中立の立場で比較や選定の考え方をお手伝いできます。
明日からやれること:応募前に3つを整理する
- 困っている業務を1つ……勤怠、受発注、日報など、紙やExcelで手間がかかっている業務
- 進める社員と、その上長……プロジェクトを担当して育ってほしい社員と、後押しする上長
- 3か月の時間……月1回以上の進捗確認と、担当者が作業する時間を確保できるか
この3つが言葉にできれば、事務局との面談もスムーズに進みます。当社のアドバイザー支援をご希望の場合も、この段階からご相談いただければ、計画づくりから一緒に考えます。業務の洗い出し方は「中小企業のDXは何から始める?」でも紹介しています。
ご注意
- この記事は、募集要項 第2版(2026年9月18日改定)をもとに作成しています。内容は予告なく変更される場合があります。必ず募集サイトで最新の情報を確認してください
- 募集は予定数に達した時点で締め切られます。参加が保証されるものではありません
- 申込書類の作成と提出は、参加を希望する会社が行うものです。当社は申込を代行するのではなく、制度の活用についてのご相談を承ります
- 本事業は来年度(令和9年度)も継続予定とされています。今年度に間に合わない場合も、検討の価値があります
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