「経営の数字を、もっと早く見られるようにしたい」。そう考えてダッシュボードやBIツール(データを集計してグラフで見せる専用ソフト)を検討したものの、結局まだExcelで月次集計を続けている。——そんな会社は、決して少なくありません。
ツールの選定が悪かったのでしょうか。担当者のスキル不足でしょうか。どちらでもない、というのが私の実感です。
この記事では、20年以上ITベンダーで基幹システムの開発・導入に携わり、現在は中小企業診断士として公的支援機関の相談員も務めている立場から、「中小企業でダッシュボードが作れない本当の理由」と、その乗り越え方をお話しします。
「ツールを入れれば数字が見える」は、半分だけ正しい
BIツールは優秀です。今は無料で使えるものもありますし、有料のものも中小企業に手が届く価格帯になりました。
ただし、これらのツールには共通の前提があります。「見せるためのデータが、すでに整っていること」です。
ツールがやってくれるのは、整ったデータをグラフにすることまで。データを探してくること、バラバラの形式を揃えること、意味の通る単位にまとめること——ここは対象外です。
そして中小企業でつまずくのは、ほぼ例外なくこの「対象外」の部分なのです。
本当の理由は「どこに何のデータがあるか、誰も知らない」こと
データは1か所にまとまっていない
相談を受けていて、いつも同じ光景に行き当たります。会社の数字が、少なくとも4か所に散らばっているのです。
- 基幹システム(販売管理・会計など)……売上、仕入、請求
- クラウドサービス……勤怠、経費、日報、顧客管理
- Excel……担当者が個人で管理している一覧表
- 紙……現場の作業記録、手書きの日報
それぞれの中では、データはきちんと管理されています。問題は、それらが互いにつながっていないことです。
「見たい数字」と「手元にあるデータ」がつながっていない
たとえば「案件ごとの粗利が見たい」としましょう。
粗利は「売上 − 原価」です。売上は基幹システムにあります。材料費や外注費も基幹システムにあるかもしれません。では、その案件に何時間かかったかは、どこにあるでしょうか。
多くの場合、その情報はExcelか紙にしかありません。そして人件費を原価に入れなければ、粗利は実態より大きく見えてしまいます。
つまり「見たい数字を出すための材料が、そもそも全部そろっていない」。これが、ダッシュボードが作れない本当の理由です。ツールを変えても解決しません。
ダッシュボードの前にやるべき「データの棚卸し」
では何から手を付けるか。私は必ず、作る前に「データの棚卸し」をします。手順は3つです。
手順1 見たい数字を、3つに絞る
まず「何が見えたら経営判断が変わるか」を3つだけ挙げます。10個も20個も挙げると、どれも中途半端になります。
よくあるのは、案件別の粗利、得意先別の売上推移、担当者ごとの稼働状況の3つです。
手順2 その数字を、計算式に分解する
次に、その数字がどんな材料でできているかを式に書きます。
「案件別の粗利 = 案件別の売上 − 材料費 − 外注費 − 人件費」といった具合です。ここで初めて、必要な材料が何種類あるかが見えてきます。
手順3 材料ごとに、在り処を書き出す
最後に、材料ひとつずつについて次の4点を書き出します。
- どこにあるか(システム名、ファイル名、担当者名)
- どんな形式か(システムから出力できるか、Excelか、紙か)
- どのくらいの頻度で更新されるか
- 案件と結びつける「共通の番号」があるか
この4点目が、あとで効いてきます。
いちばんの難所は「データ構造を読む」工程
ここから先が、実際に手を動かしてみないと分からない部分です。ある工事業の会社での例をご紹介します(企業名は伏せます)。
この会社では、売上実績と仕入実績が基幹の販売管理システムに、誰がどの工事に何時間かかったかの工数がExcelの入力表にありました。工事ごとの粗利を出すには、この両方を突き合わせる必要があります。
ところが、実際にデータを開いてみると問題が見つかりました。仕入と工数のデータには、工事番号しか入っていなかったのです。得意先も、請求先も、市場の区分も入っていません。
工事ごとの粗利は出せます。しかし「どの得意先が儲かっているのか」は、このままでは出せない。
そこで、売上実績のデータのほうから「工事番号 → 得意先 → 請求先 → 市場」の対応表を作り、それを経由して仕入と工数を上の階層に紐づけました。1つの工事番号に複数の得意先が紐づいてしまう場合は、売上金額が最も大きい組み合わせを採用する、という決め方にしています。
結果として、市場から工事1件までを4段階で掘り下げられる収支ダッシュボードができました。基幹システムには、一切手を入れていません。
この「既存システムのデータ構造を読んで、足りない情報を別のデータから導く」という工程は、表からは見えません。けれど、ここができるかどうかで、ダッシュボードが完成するかどうかが決まります。
ついでにお伝えしたい、数字が「よく見えすぎる」罠
同じ案件で、もう一つ判断が必要になった場面があります。
工数の入力表には、「工事番号なし」の作業が含まれていました。朝礼、清掃、見積作成といった、特定の工事に紐づかない仕事です。
これらを集計から除外すれば、処理は軽くなります。工事別の粗利にも影響しません。
しかし除外すると、全社の粗利が実態より大きく見えてしまいます。朝礼も清掃も、実際に人件費が発生している仕事だからです。そこで除外はせず、月単位でまとめる方式にしました。金額を保ったまま、データ量だけ減らせます。
見える化は、ただ見えればいいというものではありません。間違った数字が見えるようになるのは、見えないより危険です。ここは、システムを作る技術とは別の判断が要るところだと考えています。
基幹システムを入れ替える必要は、ほとんどありません
「数字が見えないのは、システムが古いからでは」というご相談もよくいただきます。
もちろん保守が切れている場合などは検討が必要ですが、見える化のためだけに基幹システムを入れ替えるのは、たいてい割に合いません。
先ほどの例のように、既存システムから出力したデータをそのまま材料にすれば、システムに手を入れずに済みます。費用も期間も桁が変わりますし、失敗したときの影響も小さくて済みます。
まず既存のデータで作ってみて、それでも足りないと分かってから入れ替えを考える。順序としては、こちらのほうが安全です。
明日からできること
専門家に相談する前に、社内だけでできることがあります。紙1枚で構いません。
- 見たい数字を3つ書き出す。「これが毎日見えたら判断が変わる」というものだけに絞ります
- それぞれを計算式に分解する。売上、原価、時間——何と何を引き算すれば出るのかを書きます
- 材料の在り処を辿る。どのシステムの、どのファイルの、誰が持っているデータなのかを追いかけます
ここで「辿れないもの」が出てきたら、それが御社の本当のボトルネックです。ツールの検討より先に、そこを埋める必要があります。
逆に、3つとも辿れたのであれば、ダッシュボードはかなり近いところまで来ています。
まとめ
中小企業でダッシュボードが作れない理由は、ツールでも予算でもスキルでもありません。「どこに何のデータがあるか、社内の誰も全体像を知らない」ことです。
逆に言えば、そこさえ整理できれば、既存のシステムを入れ替えなくても数字は見えるようになります。
データの棚卸しをどこから始めればいいか分からない、材料は分かったが結びつけ方が分からない——そうした段階でしたら、30分の無料相談でご一緒に整理します。現在お使いのシステムと、いま手作業で集計しているものを教えていただければ、できることの見当はつきます。